- 13. Dec 2025 |お知らせ
実効性あるIUU漁業対策のために、各国制度の「調和」を
大阪・関西万博が開催された2025年、第11回を迎えたサステナブルシーフードサミット(TSSS)が初めて東京を離れ、10月1日、2日に大阪で開催されました。「サステナブルシーフードを主流に」というTSSSの2030年目標の達成に向けて、国内外の水産業関係者が現状を報告し、今後の取り組みを議論しました。
初日の開会時、主催者代表が行った特別対談の中で、「IUU(違法・無報告・無規制)漁業」の日本国内での認知度の低さが浮き彫りになりました。そうした現実も踏まえ、IUU漁業対策をテーマにパネルセッションが行われました。
モデレーターを務めたWWFジャパンの植松周平さんは、「IUU漁業の規模は年間1~2.5兆円に達し、日本の輸入水産物の約3割がIUU漁業由来との研究結果もある」と警鐘を鳴らし、IUU漁業対策の要である水産物輸入管理制度について、欧州連合(EU)、米国、日本、韓国の各パネリストが報告しました。
IUU(違法・無報告・無規制)漁業の規模(資料提供:WWF)
EU IUU連合のトム・ウォルシュさん
EU IUU連合は、水産物が合法的に漁獲されたかどうかを評価するため、誰が、何を、どこで、いつ、どのように漁獲したかを明確にできる17項目の主要データ要素(KDE)の収集を推奨しています。現在、EUが義務付ける漁獲証明書では17のKDEのうち13項目を収集していますが、EU漁業管理規則の改正に伴い、2026年1月からこのデータ要件が拡充され、17項目のKDEすべてを収集することになります。同時に、これまで15年以上紙ベースで運用されてきたEU漁獲証明制度がデジタルシステム「CATCH」に移行し、稼働を開始します。
EU IUU連合が収集を推奨する17項目の主要データ要素(資料提供:EU IUU連合)
また、ウォルシュさんは2025年4月に発行された最新の報告書*を紹介し、日韓米欧の輸入管理制度を比較。システム間の調和が取れていない現状を指摘し、「互換性のないシステムがバラバラに発展しパッチワーク状態になると、混乱、法執行上の不整合、相互運用性の阻害、そして水産資源の不正利用につながる可能性があり、それはIUU漁業で漁獲された水産物が世界の市場に流入するリスクを高める」と危機感を示しました。
Oceanaのマックス・ヴァレンタインさん
これを受けて、アメリカ海洋大気庁(NOAA)と米国政府は2016年に「水産物輸入監視プログラム(SIMP)」を導入しました。対象は13魚種で、米国が輸入している水産物の40%(重量ベース)にもなりません。
輸入規制に反発する業界団体などは、2018年にSIMP廃止を求める訴訟を起こしましたが、裁判所はこの訴えを退け、IUU漁業撲滅に向けた米国の取り組みが再確認されました。その後もNOAAは2022年に対象魚種の拡大を提案しましたが、猛反対に遭って撤回。また、2023年には、水産業界のみならず外国政府や学術界も巻き込んで、SIMP廃止も含めた包括的な見直し案が提出されるなど、SIMPは度々存亡の危機に瀕してきました。
こうした動きを憂慮したOceanaはSIMPを支えるべく世論調査を実施して、米国有権者の89%が輸入水産物を米国産と同じ基準で扱うべきと考えていることを示し、SIMPの廃止を阻止しました。
2024年にNOAAが発表した行動計画(資料提供:Oceana)
2024年にNOAAが発表した行動計画には、全魚種への対象拡大、強制労働の有無を確認するための新KDE追加、輸入水産物の米国到着72時間前のデータ提出義務化、機械学習によるリスク評価などが盛り込まれています。現状の米政府機関の稼働状況には懸念があるものの、バレンタインさんは、トランプ政権がSIMP改善を支持していることに触れ、「この行動計画が前進することを期待している」と述べました。
水産庁の古川智香子さん
水産流通適正化法は、国内の密漁対策と、IUU漁業由来の水産物が日本国内に流入するのを防ぐための輸入管理という2つの課題に対応するために2020年に制定されました。輸入管理については、EUの制度を参考に設計されており、現在はサバ、サンマ、マイワシ、イカの4魚種を対象として、旗国政府が発行した漁獲証明書の添付を義務付けています。17項目のKDEのうち12項目についての情報を収集しています。
IUU漁業由来の水産物が日本国内に流入するのを防ぐための輸入管理(資料提供:水産庁)
2024年秋に開催された水産流通適正化推進会議では、幅広い関係者から対象魚種追加の検討、証明書の電子化、EUのIUU漁業規則改正などの国際動向を踏まえた制度見直しなどの意見が出されました。古川さんは、これらの議論を踏まえて輸入管理制度の効率的・効果的な運用の検討を進めていると報告。魚種ごとに異なる流通の実態を踏まえ、「円滑な水産物流通の維持と輸入管理制度の運用の両立を図る必要がある」と述べました。
韓国海洋水産部のイ・ジュヨンさん
韓国は、旗国、寄港国、市場国として国内法制度の大幅な改善を行ってきました。遠洋漁業開発法の下、漁業監視センターで国内外の船舶を24時間365日監視し、転載については事前許可を義務付けるなど、強化された監視システムを運用しています。また、アジアで唯一、IUU漁業アクション・アライアンス(IUU Fishing Action Alliance)に加盟しています。
韓国が今後取り組もうとしているスマート漁業監視システム(資料提供:韓国海洋水産部)
今後の取り組みとして、イさんは、AI、ビッグデータ、電子監視システムが連携したスマート漁業監視システムを紹介し、「リアルタイムで違法漁業活動を検出できるシステムの構築を目指している」と述べました。また、「基準の相違は、混乱や法執行上の不整合、また、法を守らないプレーヤーによる搾取につながる可能性がある」と指摘し、調和のとれたグローバルな基準の必要性を強調しました。
各国制度間の調和(ハーモナイゼーション)についてパネルディスカッション
各国の課題についても議論されました。古川さんは、日本が多種多様な水産物を輸入している実態から、「漁獲証明制度が事業者にもたらすコスト負担も考えながら、効率的かつ効果的な制度の運用が課題」と述べ、電子化やハーモナイゼーションによるコスト軽減への期待を示しました。イさんは、「統合され相互運用可能なシステムが必要」と述べ、開発途上国への支援の必要性を指摘しました。
バレンタインさんは、米国でのステークホルダー間の対話の難しさに触れ、「業界標準と、環境保全団体や人権団体などが望むものとの中間で、調和するシステムを作るためにも、まずはテーブルに着いて議論すること」を訴えました。また、米国における他のツールとして、洋上での立ち入り検査や、IUU漁業を行う国への制裁を可能にする法律などを紹介しました。
モデレーターを務めたWWFの植松周平さん
最後に、ウォルシュさんは「輸入管理制度は、そこに含まれるデータの信頼性次第」として、トレーサビリティシステムとデューデリジェンスの重要性を強調。古川さんは消費者を含むすべてのステークホルダーの理解が必要だと述べました。モデレーターの植松さんは「規制のハーモナイゼーションだけでなく、すべてのステークホルダーの思いや考えもハーモナイズしていかないと進まない」とセッションをまとめました。
10月1日、大阪グランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)12階 特別会議場には
国内外の水産業関係者が多数集まり、関心の高さがうかがえました。
初日の開会時、主催者代表が行った特別対談の中で、「IUU(違法・無報告・無規制)漁業」の日本国内での認知度の低さが浮き彫りになりました。そうした現実も踏まえ、IUU漁業対策をテーマにパネルセッションが行われました。
モデレーターを務めたWWFジャパンの植松周平さんは、「IUU漁業の規模は年間1~2.5兆円に達し、日本の輸入水産物の約3割がIUU漁業由来との研究結果もある」と警鐘を鳴らし、IUU漁業対策の要である水産物輸入管理制度について、欧州連合(EU)、米国、日本、韓国の各パネリストが報告しました。
登壇者紹介
EU:
トム・ウォルシュ
EU IUU連合 コーディネーター
米国:
マックス・バレンタイン
Oceana キャンペーン・ディレクター兼シニア・サイエンティスト
日本:
古川智香子
水産庁 漁政部加工流通課 水産流通課適正化推進室長
韓国:
イ・ジュヨン
韓国海洋水産部 遠洋漁業課 政策アナリスト
モデレーター:
植松周平
WWFジャパン自然保護室 海洋水産グループ IUU業対策マネージャー兼水産資源管理マネージャー
EU漁獲証明制度のデジタル化と各国制度間の調和への課題
最初に登壇したEU IUU連合のトム・ウォルシュさんは、2008年にEUがEU IUU規則の採択を通じて世界に先駆けて打ち立てた「EU漁獲証明制度」について説明しました。EU域外からEU市場に輸入されるほぼすべての海産天然漁獲とその加工品への「漁獲証明書」の添付を義務付けており、既存の水産物輸入管理制度の中で最も包括的なものです。
(*)Import control schemes in major seafood markets: a comparative study of key data elements in the European Union, the United States, Japan and the Republic of Korea(主要水産物市場における輸入管理制度――欧州連合、アメリカ合衆国、日本、大韓民国の主要データ要素の比較調査研究)
米国における水産物輸入管理強化の歩み――業界の反発を乗り越えて
次に、海洋保全専門の国際NGO Oceanaのマックス・バレンタインさんが、米国でのIUU漁業対策の困難な道のりを報告。2008年にEUが漁獲証明制度を導入した後も、「米国内で新たな規制の導入を説得するのは難しかった」とバレンタインさんは振り返ります。状況を打開するため、Oceanaは水産物の偽装表示について全米規模のキャンペーンに乗り出しました。その中でDNA検査を実施したところ、魚種によっては25%から70%も偽装表示(産地、魚種名など)があることが判明し、社会的反響を呼びました。
輸入規制に反発する業界団体などは、2018年にSIMP廃止を求める訴訟を起こしましたが、裁判所はこの訴えを退け、IUU漁業撲滅に向けた米国の取り組みが再確認されました。その後もNOAAは2022年に対象魚種の拡大を提案しましたが、猛反対に遭って撤回。また、2023年には、水産業界のみならず外国政府や学術界も巻き込んで、SIMP廃止も含めた包括的な見直し案が提出されるなど、SIMPは度々存亡の危機に瀕してきました。
こうした動きを憂慮したOceanaはSIMPを支えるべく世論調査を実施して、米国有権者の89%が輸入水産物を米国産と同じ基準で扱うべきと考えていることを示し、SIMPの廃止を阻止しました。
日本の輸入管理における水産流通適正化法――円滑な流通との両立を図る
続いて、水産庁の古川智香子さんが、2022年に施行された「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(以下、『水産流通適正化法』)」を紹介しました。日本のIUU漁業対策における輸入管理は、主にマグロなど、日本が加盟している地域漁業管理機関(RFMO)が定める国際ルールに則った外為法による措置と、水産流通適正化法による措置という2つの法的枠組みで実施されています。
韓国における最先端の取り組み――17のKDEの包括的監視とAI技術の活用
最後に、韓国海洋水産部のイ・ジュヨンさんが、2017年から実施してきた漁獲証明制度を2024年10月に改正したことを報告しました。新しい法律により、「韓国は17のKDEの収集を求めるEU IUU連合の推奨を満たす最初の市場国となった」とイさんは胸を張りました。
輸入管理制度間の調和を目指して――すべてのステークホルダーの参加が鍵
パネルディスカッションでは、各国制度間の調和(ハーモナイゼーション)の重要性が中心テーマとなりました。各国制度のデータ要件や対象魚種の違いがギャップを生み出しており、ウォルシュさんは、「制度を最初に確立する際に対象魚種を限定することは理解できるが、それでは制度の抜け穴を利用した偽装表示のリスクを残すことになる。最終的にはすべての国が、すべての魚種を対象とする制度に移行することが重要だ」と述べました。
また、各国が輸入管理制度を開発・改善していく際、輸出国を含め、すべてのステークホルダーが協議に参加する必要性を指摘しました。例えば、「CATCH」が稼働を始めると、EU加盟国の輸入業者にはシステムへの参加が義務付けられますが、EU域外の輸出業者には義務付けられません。ウォルシュさんは、「輸出業者もシステムに参加するよう促さなければ、EU加盟国は紙の漁獲証明書を受け取り続けることになる」ため、情報の合法性を評価するために使われるべき人的資源が紙の文書の事務手続きに費やされないよう、「さらにデジタル化を進め、相互運用可能なシステムを開発することが重要」と改めて強調しました。
バレンタインさんは、米国でのステークホルダー間の対話の難しさに触れ、「業界標準と、環境保全団体や人権団体などが望むものとの中間で、調和するシステムを作るためにも、まずはテーブルに着いて議論すること」を訴えました。また、米国における他のツールとして、洋上での立ち入り検査や、IUU漁業を行う国への制裁を可能にする法律などを紹介しました。